領域概要

Overview

領域代表挨拶

深川 竜郎
領域代表:深川 竜郎
大阪大学大学院生命機能研究科

我々の領域「クラスター細胞学」では、細胞内で集合して機能する「超分子複合体」に焦点を当て、その特性、形成機構、その細胞内機能との関連を明らかにすることを目指しています。
本領域では、細胞内で機能する超分子複合体を「バイオロジカラスター」と定義しています。バイオロジカラスターの研究には、複合的なアプローチが必要であり、従来の分子細胞生物学に加えて、クライオ電子線トモグラフィー、相関分光法、超解像イメージングなどを含む高精度イメージング、さらには物理量の測定と理論、数理シミュレーションを含む計算科学が連動する組織的な研究体制を構築しました。試験管内で再構成できる分子複合体とそれらが集合して細胞内で実際に機能する超分子複合体とのギャップを埋め、バイオロジカルクラスターという新しい細胞観を確立したいと考えています。

本領域は、バイオロジカルクラスターの分子基盤と細胞内機能との関連解明を目指すA01班、バイオロジカルクラスターの可視化と構造基盤の解明を目指すA02班、物理や理論的解析からバイオロジカルクラスターの形成機構の解明に挑むA03班から成り立っています。
この3班の密接な連携から新規概念の提出を目指します。

バイオロジカルクラスターとは?

超分子複合体をつくる「バイオロジカルクラスター」

生き物の細胞内では、多種多様なタンパク質が様々な機能を発揮することで生命活動が維持されています。
タンパク質の中には、いくつかが集まって複合体をつくり、さらにそれらの複合体が集まってクラスターをつくることで、全体として機能を発揮するものがあります。
本研究領域では、クラスターを形成することで生物学的な意義を発揮する、こうした超分子複合体を「バイオロジカルクラスター」と定義し、形成のメカニズムや、発揮される機能の特性を解明する研究を行います。

細胞内でクラスター形成を促進する要素

例えば、細胞内でクラスターを形成することにより、一定の体積を確保し、物理的な強度を獲得して、機能的なシステムを形成することで、統御された超分子複合体として機能するものが存在しています。
さらに、細胞内でのクラスター形成には、分子間相互作用に加え、分子混雑環境の空間効果やプラットフォーム効果など様々な要因が関与する可能性が考えられます。
これらを考慮し、蓄積されつつあるタンパク質複合体の構造情報と細胞内の超分子複合体との間のギャップを埋める、「バイオロジカルクラスター」研究は、生物学に転換を促す挑戦と言えます。

本研究領域のアプローチ

バイオロジカルクラスターの成り立ちとその意義を解析するには、既存の細胞生物学・生化学・構造生物学に加えて、先進的な電子顕微鏡、蛍光相関分光法、超解像イメージング法を駆使した解析、さらには、その動態を物理学的に取り扱う、いわゆるソフトマター物理学や数理シミュレーション等を融合させる必要があります。細胞内で観察された現象や測定された物理量に対して物理学の理論を持ち込むことで理解を深め、生物学と物理学を相互に補完していくというこれまでにない融合研究を推進します。

本領域では特に、中心体、セントロメア、染色体など、細胞内に存在する超分子複合体を対象とし、その構造基盤や形成原理の解明を目指します。

研究項目
A01
バイオロジカルクラスターの分子基盤と細胞内機能との関連解明

各超分子複合体を対象に、クラスター形成に関わる要因を見出し、細胞内でのクラスター化の実体とその形成制御、クラスター化することで獲得する特性を解明することによって、それらがどのように特異的な細胞内機能と関わるのかを理解することを目指します。

具体的に計画班では、動原体複合体、染色体を構成するSMC複合体、セントロメアを制御するCPC複合体、中心体を構成する各種複合体について、基本ユニットの構造・生化学的な解析、変異体細胞や人為的クラスター誘導細胞の実験系を用いた細胞生物学的解析を行います。得られた知見をA02、A03班と共同で解析することで、これらの複合体が細胞内でクラスターを形成する機構とそれによって得られた特性を解明して、細胞内機能との関連を理解します。

計画班
計画研究1バイオロジカルクラスターを介した機能的動原体の形成機構
代表者:深川 竜郎(大阪大学大学院生命機能研究科・教授)

動原体を構成する複合体が、細胞内で集まって組織化するクラスターの高次構造、クラスター化したことによって得られる特性、クラスター形成を促進する要素およびその制御機構を解明し、染色体分配機能において動原体複合体がクラスター化する重要性の理解を目指します。

計画研究2染色体構築におけるSMC複合体クラスター形成の役割
代表者:村山 泰斗(国立遺伝学研究所遺伝メカニズム研究系・准教授)

高次ゲノム構造を制御するコヒーシン複合体のクラスター構造、クラスター化に関与する要素、クラスター形成の意義を解明し、そのアナロジーを他の必須SMC複合体へと拡張し、SMC複合体のバイオロジカルクラスターという視点から染色体の構造制御の理解を目指します。

計画研究3セントロメアにおけるバイオロジカルクラスターの形成とその特性
代表者:広田 亨(がん研究会がん研究所・部長)

染色体分配の確度を保証する染色体パセンジャー複合体(CPC)が、M期セントロメアにつくるクラスターの高次構造、クラスター形成の促進機構、Aurora B反応場としての機能特性を生み出す構造制御を解明し、がん細胞における染色体分配異常との関連の理解を目指します。

計画研究4バイオロジカルクラスターを介する中心体の形成機構の解明
代表者:北川 大樹(東京大学大学院薬学系研究科・教授)

微小管形成中心として多様な細胞内機能を担う中心体について、その構成因子群が段階的に超分子複合体へと成熟する機構、中心小体によるプラットフォーム効果を含めたクラスター形成を促進する要素、機能特性を生み出すクラスターの高次構造を解明し、細胞内機能との関連の理解を目指します。

公募班
コラーゲン分泌に関わる巨大分泌装置の構造基盤
代表者:渡部 聡(九州大学生体防御医学研究所・准教授)

人の皮膚や骨格を構成するコラーゲン分子の分泌を担うTANGO1超分子複合体について、クライオ電子顕微鏡単粒子解析およびクライオ電子線トモグラフィー解析に取り組み、巨大コラーゲン分泌装置の分子基盤を明らかにすることを目指します。

細胞外刺激に応答した中心体周辺ギガクラスターのダイナミクス
代表者:池上 浩司(広島大学大学院医系科学研究科・教授)

本研究ではPCMなど中心体周辺タンパク質がつくる“ギガクラスター”が細胞外刺激に応答して局在や相互作用がどのように変化するのかを明らかにし,それらの変化が細胞の刺激応答にどのように寄与するかを明らかにする。

バイオロジカルクラスターを介した免疫機構およびその制御法の解明
代表者:大戸 梅治(東京大学大学院新領域創成科学研究科・教授)

免疫受容体の活性化には様々な種類のバイオロジカルクラスターが介在し、効率的な抗原認識、シグナル伝達などを可能にする。本課題では、免疫機構に関わるバイオロジカルクラスターに焦点を当て、その形成機構、制御機構、生物学的意義などを主に構造科学的な観点から明らかにする。

超分子複合体「紡錘体」形成を担う3つの微小管生成経路の連携機構
代表者:清光 智美(OIST細胞分裂動態ユニット・准教授)

紡錘体は、微小管から構成される超分子複合体であり、染色体分配を担う。本研究では、巨大なメダカ初期胚紡錘体をモデルに、3つの微小管生成経路(中心体・染色体・既存微小管)が連携して機能的紡錘体を形成する仕組みを追究する。

Architecture, Regulation and Performance of Mitotic Stress Memory
代表者:Franz Meitinger(Assistant Professor, Okinawa Institute of Science and Technology)

Mitotic defects drive genome instability, a hallmark of cancer. Cells counter this by assembling a mitotic stopwatch complex that senses prolonged mitosis caused by mitotic stress and halts proliferation of the daughter cell. This project will define the complex’s structure and uncover how it measures mitotic duration and encodes a heritable memory of mitotic defects.

光操作で紡ぐアクチン細胞骨格因子の協奏と高次構造の理解
代表者:松林 英明(東北大学学際科学フロンティア研究所・助教)

本研究では、アクチン細胞骨格と細胞膜が織りなす力発生や膜変形の分子機構解明に取り組みます。分岐型 (Arp2/3) と直線型 (Formin) のアクチン重合を光制御する手法を人工細胞と培養細胞系に応用し、構造解析やプロテオミクスへの展開を図ることで、力発生の原理と制御メカニズムの解明を目指します。

細胞膜高次機能を司る超分子複合体の構築原理と作動機序の解明
代表者:小田 祥久(名古屋大学大学院理学研究科・教授)

本研究では、植物の細胞膜上において細胞骨格の動態や分布を制御する超分子複合体に着目し、独自の細胞培養系やin vivo再構成系と領域の技術を駆使してその形成機構および作動機序を明らかにする。

バイオロジカルクラスターの入れ子構造であるゴルジ体の形成機構の解明
代表者:原田 彰宏(大阪大学医学系研究科・教授)

申請者らは、ゴルジ体はGolgi unit と呼ぶ小さい槽のクラスターによって形成され、さらに、各Golgi unit 内部には様々な糖鎖合成酵素がクラスターを作り、Golgi unit の辺縁近くに局在することを最近明らかにした。本研究ではこれらのクラスター形成の分子機構を解明することを目的とする。

分裂期染色体の礎となるバイオロジカルクラスターの解析と再構成
代表者:新冨 圭史(理化学研究所開拓研究所・専任研究員)

分裂期染色体の基本構造を作るクロマチンクラスターに着目し、カエル卵抽出液の無細胞系や精製タンパク質の再構成系など独自に発展させた実験手法を使って、ヌクレオソームやリンカーヒストンへの撹乱が染色体の染色体高次構造に与える影響を多層的に解析することで、染色体構築におけるクロマチン物性の制御メカニズムの理解を目指します。

研究項目
A02
バイオロジカルクラスターの可視化と分子動態制御基盤の解明

先進的な電子顕微鏡や超解像イメージングにより、細胞内でのクラスターの制御と構造の特性を明らかにし、分子動態解析により各クラスターの体積や強度といった「物理的特性」とシステム形成のような「生化学的特性」の分子動態制御基盤を解明します。

具体的には、A01で扱う各複合体の細胞内での高次クラスター化の実体や特性をクライオET、超解像顕微鏡、エクスパンジョン顕微鏡といった先進的イメージング技術を駆使して解析します。その際A01の研究で明らかにする複合体の相互作用データをレファレンスとして活用します。また、従来からの蛍光相関分光法(FCS、FCCS)に加えて、新しい極限時空間相関分光法を確立し、バイオロジカルクラスターの細胞内での特性や動態の定量的解析を行います。

計画班
計画研究5クライオTEM・SEMによるバイオロジカルクラスターの構造および動態解析
代表者:小田 賢幸(山梨大学大学院総合研究部・教授)
分担者:加藤 貴之(大阪大学蛋白質研究所・教授)
分担者:久住 聡(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科・助教)

各超分子複合体を対象に、クライオTEM・SEMを用いて、細胞内および人工細胞内で形成されたクラスター構造の高精度解析を実現し、クライオFIB-SEM、クライオCLEM等、最新のEM/ET技術を駆使して、バイオロジカルクラスターの超微構造解析基盤を確立します。

計画研究6バイオロジカルクラスター解析のための極限時空間相関分光法の確立
代表者:北村 朗(北海道大学大学院先端生命科学研究院・講師)
分担者:野澤 竜介(がん研究会がん研究所実験病理部・研究員)
研究協力者:平野 泰弘(がん研究会がん研究所実験病理部・特任研究員 / 大阪大学大学院生命機能研究科・招へい教員)

従来のFCSをベースに極限時空間相関分光法を確立し、それを各種の超解像イメージング法と組み合わせることで、細胞内における分子間相互作用、分子動態、分子数とその空間配置など、細胞内における超分子複合体に関わる動態解析のための技術基盤を構築します。

公募班
シナプスオーガナイザー高次会合体のクライオ電子線トモグラフィー
代表者:深井 周也(京都大学大学院理学研究科・教授)

神経シナプスの形成を誘導する細胞接着分子であるシナプスオーガナイザーの高次会合体によるシナプス形成誘導の分子機構を解明することを目的として、クライオ電子線トモグラフィーを用いた立体構造解析を行います。

神経伝達物質の放出を制御するバイオロジカルクラスターの動作原理
代表者:坂本 寛和(東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学・助教)

神経伝達物質の放出を制御する超分子複合体の細胞内再構成技術、ナノレベル分子計測技術および物理モデリングを組み合わせることで、神経伝達物質放出の制御メカニズムをナノスケールの自己組織化現象の観点から解明することを目指します。

バイオロジカルクラスターを介する核膜孔可視化と分子輸送動態制御の解明
代表者:リチャード ウォング(金沢大学ナノ生命科学研究所・教授)

本研究では、クロマチンおよび転写動態との関係に着目し、核膜孔複合体 (NPC) 内のナノ動態とその機能的相関をさらに深く追究することで、分子輸送と遺伝子発現制御における相分離現象の役割を解明することを目指す。

超分子複合体の親和性と細胞内位置を制御する微小管局所状態の可視化
代表者:島 知弘(東京大学大学院理学系研究科・助教)

さまざまな超分子複合体の足場である微小管は、構造状態が変わることで結合タンパク質との親和性や自身の長さを調節することが分かってきました。個々の微小管の局所的な状態を可視化する独自手法を駆使し、微小管と結合する超分子複合体の細胞内配置が決定される仕組みの理解を目指します。

微小管バイオロジカルクラスターが引き起こす植物のねじれ成長の分子メカニズム解明
代表者:今崎 剛(神戸大学医学研究科生体構造解剖学分野・学内講師)

本研究は、植物細胞の微小管ネットワーク形成機構を明らかにすることを目的としています。微小管やγ-TuRCの異常(変異)により生じる「ねじれ伸長」現象について、クライオ電顕を用いて構造解析を行い、そのメカニズムの解明を目指します。

液―液相分離体の固化解析法
代表者:上杉 志成(京都大学化学研究所・教授)

近年発見されている非膜オルガネラは特定の生体分子の濃縮・隔離を行っている。その形成に関わる相分離タンパク質の固化もしくは「老化」は疾病の原因となる。しかし、固化の簡便な観測法はなかった。本研究は汎用的観測手法を開発し固化の理解と制御を目指す。領域内共同研究により、細胞内相分離体の理解や治療応用が期待される。

研究項目
A03
物理・理論的解析によるバイオロジカルクラスターの形成と特性の解明

人工細胞系を用いることで、細胞サイズの空間でのクラスター形成と獲得特性に関わる物理量を測定し、A01、A02から見出される細胞内の動態解析データとも比較しつつ、数理理論解析と相互補完することでクラスターに作用する直接的・間接的な要素を解明します。

具体的には、領域で扱う超分子複合体を各種設計した人工細胞に導入し、そこで形成した各クラスターの物理量を測定することで、細胞サイズ空間がつくる間接的な効果やプラットフォーム(場)は何かを明らかにします。また、ここで得られた知見とA01、A02での実験結果を取り込んで、クラスター形成過程の数理シミュレーションを行います。それをA01、A02の研究に再フィードバックして、実験的検証を行い、その精度を高めていきます。

計画班
計画研究7細胞サイズ空間での生体分子クラスター形成および超分子構造転移の解明
代表者:柳澤 実穂(東京大学大学院総合文化研究科・准教授)
分担者:車 兪澈(海洋研究開発機構・主任研究員)

細胞サイズの空間をもつ人工細胞に、目的の超分子複合体をさまざまな条件で導入し、クラスターの組成解析、分子拡散測定、力学測定等の物理的特性を評価する実験系を確立し、クラスター形成に関わる各要素の定量結果に基づいてその理論的基盤を構築します。

計画研究8分子場の特性から記述するバイオロジカルクラスターの新しい状態理論
代表者:立川 正志(横浜市立大学理学部・准教授)
分担者:境 祐二(横浜市立大学理学部・特任准教授)

超分子複合体のクラスター形成には、分子間の直接的および間接的な相互作用が協働的に働いていることが予想される。領域内のターゲットを対象に、数理モデルを用いてクラスター形成過程を再現することで、その相互作用の協働性を解明し、定式化を行います。

公募班
細胞骨格形成と相分離の共役機構の分子シミュレーション研究
代表者:高田 彰二(京都大学大学院理学研究科・教授)

細胞内の細胞骨格形成過程では、構成因子のモノマーと制御タンパク質が相分離によってクラスターを形成し自己組織化を促進している可能性がある。アクチンの自己組織化、大腸菌のチューブリンホモログFtsZ等について、分子シミュレーションによりこの可能性を分析・検証する。

バイオロジカルクラスターの力学計測
代表者:水野 大介(九州大学大学院理学研究院・教授)

細胞内に特有の非平衡揺らぎと力学特性は、クラスターの機能に深く関与している。そこで細胞内の超分子複合体が形成するバイオクラスターの力学的特性と非平衡揺らぎを計測する新技術を開発する。